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十六試陸上攻撃機「泰山」(たいざん)は、一式陸上攻撃機の後継機として、昭和16年初めに日本海軍が三菱に開発を指示した陸上攻撃機。略符号はG7M。 == 開発と中止までの経緯 == 一式陸上攻撃機の生産開始間もない昭和14年、海軍が立案した実用機試製計画の一環として、実用機計画番号M-60「十六試陸上攻撃機」(十六試中攻)として三菱重工業に試製予定が提示され、研究が開始された。 昭和16年1月に海軍側が具体的な要求原案では、最高時速300ノット(556km/時)、航続力4,000海里(7,408km)、急降下爆撃可能、燃料槽半量防弾ゴム皮膜、20mm機銃×2、7.7mm機銃×4、乗員4名と非常に過酷なものであった。大航続力を要求される一式陸攻の後継機種でありながら、当時試作が進められていた十五試陸上爆撃機「銀河」と同等の急降下爆撃能力を求められたことに対して、三菱側設計主務者である本庄季郎技師はこれを満たすため、一式陸攻開発時と同じく発動機四発案を提案したが、求めているものが双発の中型攻撃機であったことから海軍側はこれに難色を示し、却下した。 本庄技師に代わって主務者となった高橋己治朗技師は発動機を試作中の水冷H型24気筒の15試「ヌ」号を搭載した「ハインケル He177」に類似の機体で計画するが、昭和16年6月の独ソ開戦によって「ヌ」号生産用の工作機械を輸入することが出来なくなったため、頓挫する。 単座戦闘機の設計を担当する堀越二郎技師が病欠となったため高橋技師にはこれに代わって戦闘機を行わせることとし、十六試中攻の設計主務者には本庄技師が復帰、のもと発動機を「火星」の18気筒版である「十七試カ号」(三菱社内名称A18F、海軍略符号MK10A、陸海軍統合名称ハ42-31)と想定して計画を再検討した。しかしながら十七試カ号の実重量がこの想定を上回って過大となることがしらされたため、再び計画は頓挫。 三菱側から性能引き下げが打診され、この結果、急降下爆撃可能から緩降下爆撃可能という線に要求が引き下げられた。全体として当初の要求よりも低性能な機体となることが明らかになってきたため、防御火力の増大が再要求され、このため機体重量が想定よりも過大となった。また防弾装備は当初「燃料槽半量防弾ゴム皮膜」であったものが昭和17年3月の計画要求書では「インテグラルタンクゴム皮膜」となり、昭和18年1月には「完全防弾(ゴム)」となり、さらに同年8月には「重要部分防弾鋼板」が追加されるなど、やはり重量増加が見込まれることとなった。 このように要求が再三にわたって変更された上で、それを実現する適切な計画を立案することができないまま、昭和19年6月2日をもって開発は正式に中止された。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「泰山 (航空機)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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